『ゲド戦記』感想 | 生きることを考えさせられる尊い作品

映画

こんにちは!ゆんぴ(@yunpi_812)です。

6月26日(金)から全国372館の映画館ででスタジオジブリの作品が公開されています。

上映されているのは『風の谷のナウシカ』『もののけ姫』『千と千尋の神隠し』『ゲド戦記』の4作品。

http://www.ghibli.jp/info/013278/

今回私は『ゲド戦記』を観てきました。

『ゲド戦記』は公開当時ずいぶん批判を受けていた印象があり、駄作と評するネット記事も少なくないようです。

しかし今回改めて映画館で観たところ、めちゃくちゃ尊い作品だな!?と思ったので、感想を記しておこうと思います。

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『ゲド戦記』基本情報

監督宮崎吾朗
脚本宮崎吾朗 丹羽圭子
原案宮崎駿『シュナの旅』
原作アーシュラ・K・ル=グウィン
製作鈴木敏夫
出演岡田准一 菅原文太 手嶌葵 田中裕子 他
音楽寺嶋民哉
制作会社スタジオジブリ
配給東宝
公開2006年7月29日
上演時間115分
興行収入76.9億円

『ゲド戦記』は宮崎駿氏の息子宮崎吾朗氏の初監督作品です。

もともと駿氏は吾郎氏がアニメ作品の監督をすることに対し強く反対していたそうです。
ところが吾郎氏が描いた主人公アレンと竜の絵を見せたところ駿氏は黙り込んでしまったといいます。

その絵は後にポスターとして使用されました。

(c) 2006 Studio Ghibli・NDHDMT

『ゲド戦記』あらすじ

(c) 2006 Studio Ghibli・NDHDMT

舞台はアースシーと呼ばれる竜や魔法使いが住む世界。
そんな世界に異変が起こっていました。
謎の疫病により家畜や乳児が死に、干ばつで食物は育たない。
姿を現さない竜が人間の世界に現れ共食いをしている。

(c) 2006 Studio Ghibli・NDHDMT

エンラッドの王子アレンは、心の均衡を失い衝動的に父親を殺害し逃亡。
その途中獣に襲われ死を覚悟しますが、偶然通りかかった魔法使いハイタカが彼を助けます。
ハイタカは均衡が失われた世界を憂い原因を探るために旅をしていました。
こうして2人は一緒に旅をすることになります。

(c) 2006 Studio Ghibli・NDHDMT

2人は訪れたホートランドの街で、ハイタカの昔馴染みテナーとその養女テルーのもとに身を寄せます。

(c) 2006 Studio Ghibli・NDHDMT

しかしその街には不老不死をもくろむ悪い魔法使いクモが住んでいました。
ハイタカと過去に因縁のあるクモは、テナーを人質にハイタカをおびき寄せるのでした。

『ゲド戦記』感想

ハイタカ様、かっこいい

(c) 2006 Studio Ghibli・NDHDMT

物語の前半はハイタカが主役と言ってもいいかもしれません。

獣に囲まれたアレンを助け、食事を分け与え、マントもあつらえてくれる心の優しさにときめきが止まりません。
さらに奴隷として捕まってしまったアレンを助け出すシーンはあまりの神々しさに涙不可避。
しかも後に「大賢人」ということが判明。
大賢人ってなんか知らないけどめっちゃすごい人だったんだ!(?)

そんなハイタカ様の名言がものすごく心を打ちます。

自分がいつか死ぬことを知ってるということは、我々が天から授かった素晴らしい贈り物なのだよ。

死が怖いと喚いてハイタカに斬りかかるアレンに対し、優しく諭すセリフです。

命には終わりがあるから大事にしなくちゃいけない。

どこかで聞いたことがあるようなメッセージですが、死ぬことを知っていることが天から授かった贈り物だなんて今まで思ったことなんてないですよね。

これを聞いたアレンは号泣。私も号泣。ハイタカ様尊い…。

アレン、かっこいい

はっきり言って物語前半のアレンは闇落ちネガティブ鬱状態のため、あんまりかっこよくありません。
常に何かに怯えて不安でせっかくイケメンなのに表情も時折こわばってます。

(c) 2006 Studio Ghibli・NDHDMT

でもそんな不安いっぱいのアレンが人間らしくてどこか自分に似ているかもと思ったりします。

しかし後半、テルーの真っ直ぐな訴えに目を覚まし覚醒したアレンは比べ物にならないくらいかっこいいです。

特に死を恐れずに無敵モードになって剣を抜くシーン。
鳥肌不可避。そんな顔できたんだ。

(c) 2006 Studio Ghibli・NDHDMT

そんなアレンの名言がこちら。

おまえはぼくと同じだ。光から目をそむけて闇だけを見ている。ほかの人が他者であることを忘れ、自分が生かされていることを忘れているんだ!死を拒んで生を手放そうとしているんだ。

死の恐怖に支配され不老不死に執着するクモに対する言葉です。

特に心に響いたのは”ほかの人が他者であることを忘れ、自分が生かされていることを忘れているんだ!”の部分です。

毎日を必死に生きていると、自分は孤独で一人で生きているように感じることもあります。

でもよく考えてみると、自分はたくさんの人のおかげで生きられているんですよね。

例えば毎日口にするご飯。
誰かが畑を耕し作物を作ってくれたり、家畜を育ててお肉として加工してくれる人、それを運んでくれる人がいるから食べられるんです。

それから家族や友人や恋人。
辛い時に励ましてくれたり優しくしてくれる人がいるからこそ落ち込んでも生きていられます。

そう思うと自分が生きていることが尊いことであり、自分以外の誰かが生きていてくれることもありがたいことなんだなあとしみじみ思います。

テルー、かっこいい

(c) 2006 Studio Ghibli・NDHDMT

ヒロインのテルー。
親から虐待された末に捨てられるという辛い過去を背負っています。

そんなテルーが、子羊が親羊にくっついていくところを見て思わず涙ぐむシーン。
それを見て涙ぐむ私。

そして作中で流れる有名な「テルーの唄」も、親から捨てられたテルーの深い悲しみややるせなさが伝わってきてじーんときてしまいますね。

【繁中字幕】手嶌葵 - テルーの唄(歌集バージョン)

そんなテルーの名言がこちら。

命は自分だけのもの?私は生かされた。だから生きなきゃいけない。生きて、次の誰かに命を引き継ぐんだわ。…そうして、命は続いていくんだよ…。

私はよく「私なんで生きてるんだろう」「生きる意味って何?」と思ってしまう人間なのですが、それに対するテルーの答えは「生かされたから生きる」「次の命に引き継ぐために生きる」

なるほどなあ、そういう考え方もあるよなあと思いました。

まとめ:『ゲド戦記』は生きる意味を考えさせられる良作

(c) 2006 Studio Ghibli・NDHDMT

前述した3人のキャラクターの名言から分かるとおり、『ゲド戦記』は「生きる意味」や「生と死」について様々なメッセージを訴えています。

命は大事

そんなのわかってる。
それでも本当に毎日命を大切にして生きているかと問われれば「はい」とは言えないでしょう。

毎日なんだかんだであっという間に過ぎていく日々に、少し立ち止まって生きることについて考えてみる。

『ゲド戦記』はそんな尊い時間をくれる素晴らしい作品だったと思います。

酷評が多い作品ですが、否定的なレビューに惑わされずに真っ直ぐな心で観賞してくれる方が増えたらいいなあと思っています。

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